就職先に建設コンサルタント業界を選んだ理由と、その後について

 現在、建設コンサルタントで働いている人で、建設コンサルタント業界に進んだことを後悔している人や、建設系の学科で、今後の進路を迷っている学生も多いのではないでしょうか?

 実体験が参考になると思いますので、私が、建設コンサルタント業界を選んだ理由と、その後の状況と評価について、述べてみたいと思います。

就職先を建設コンサルタント業界に決めた理由

 建設系の学科の学生の進路は、「公務員」、「ゼネコン・メーカー」、「建設コンサルタント」の三つに分かれます。

※全く関係ない業種に進む人もいます。

私の場合、大学3年時までは、実は、田舎に帰って公務員になろうと思っていました。

 「県の土木職員にでもなって、のんびり暮らすかな~」という感じでした。典型的なリスク回避、「楽と安定」を追い求めた志向でした。

 大学3年の3月、春休みで田舎に帰省し、夜、空いた電車に一人で乗っていた時です。隣のボックス席に3人組が乗ってきて、ビールを飲み始めました。

 話の内容から、出張帰りの上司と部下二人、そして県の職員のようでした。

 そして、上司らしき人物が、大声で「○○は~」と人物批評や自慢話が始まり、部下二人が話に合いの手を入れるような感じで、盛り上がっていました。

 しょぼい「おじさん」の武勇伝と、それに盛り上がる部下の会話を、一時間近くも聞かされた後ですが、公務員になるからには、お互いをあだ名で呼び合って、趣味を生きがいに癒し系に徹して生きることは想定していましたが、1年後にはこの世界の住人になり、しかも一生その組織で過ごすことになるであろうことに、ゲンナリした気持ちになりました。

 で浮かんだのが「建設コンサルタント」です。「建設」「コンサルタント」実に妖しげな響きじゃないですか?

 そこで、教授に相談に行きました。

 最初に聞かれたことは「おまえ口は上手いか?」でした。「コンサルは口がすべて」「分からないことを、分からないと言ってはいけない世界だ」と言われました。

 さらに「おまえ独立したいのか?」と聞かれ、「電話とパソコンがあれば独立ができる」「俺の教え子も若くに独立して、ウハウハや」と言われました。

 また、別の教授から、「教え子が30歳で技術士を取得して年収1000万」、「管理職で年上の東大卒を部下にしている」という話も聞きました。

※その時、初めて「技術士」という資格を知りました。

 総合すると「論理的な人(口が上手い)が向いている」、「技術士取得すれば30歳で年収1000万」、「元手ゼロで独立もできて稼げる」ということで、「なんて自由で、素晴らしい職業だ」と感じました。

 ただ、当時から「建設コンサルタントは激務」というイメージがあり、躊躇していたことは確かです。

 そこで、「まずは建設コンサルに入って30歳で技術士、年収1000万を目指す」、「そこから先(独立等)は、その時に考える」、「ダメなら30歳くらいまでに公務員」という人生戦略を立てました。

 そして4年生時は、中堅コンサルへの入社を確定し、技術士一次試験も合格し、意気揚々と入社しました。

建設コンサルタント入社後

 入社後ですが「コンサルタント」なんて響きとは程遠く、入社1年目は直属の上司(教育担当)から無視され、使いっ走り的な仕事しかなかったり、甲乙関係で役人が威張っている世界に衝撃を受けたりと、いろいろ想定外もありました。

 ※参考コラム:「就職・転職は「運」新入社員時代の思い出

 20代の頃は、いつもギリギリで精神的に余裕がない生活でしたが、全体的には、上司、同僚、業務経験や客先との関係にも大変恵まれて、良いキャリアが積めました。

楽しく充実しているものの、「きつい」という感じでした。

30代に入るころには年収600万に達し、自分の専門の「道路」は極めた感があり、技術士も苦戦しましたが33歳で合格しました。

※参考コラム:「技術士合格体験記」(弊社別サイトへ移ります)

ところが「公共事業の大縮小、建設不況」が、やってきてしまいました。

会社が経営危機に陥り、大幅賃金カットが始まりました。

 

「技術士、30歳、年収1000万」の計画が、「技術士、33歳、年収300万円」でした。

 債務超過に陥った会社に対して、若手経営改革グループのリーダーになり社内でバッシングを受けながら2年頑張りましたが、改革案は受け入れられず失望して、34歳時に退職しました。その数年後に会社は廃業しました。

※参考コラム:「経営改革でひどい目にあった話」(弊社別サイトへ移ります)

建設コンサルタント退職、34歳時点での評価

 技術士に合格し年収1000万の予定が年収300万という結末で、34歳で退職したわけですが、その時に「やっぱり公務員になれば良かった」という感じの後悔は、微塵もなかったです。

 むしろ、道路分野の計画設計は何でもできる自信も実績もあり、技術士も取得し「人生の保険を持った」、「あとは自由に生きる」という感じで、達成感がありました。

 次にやりたいことは「経営・マネジメント」を極めることでした。独身アパート暮らしで、数年は凌げる貯金もあったこともあり、就職せずにマネジメント知識の証として「中小企業診断士」の取得を目指すことにしました。

MBAも考えたのですが「中小企業診断士、経営コンサルタントための唯一の国家資格」という文言にしびれちゃいました。

経営マネジメントの勉強をする理由は、前職時に私の経営改革提案を「おまえはマネジメント知らない」と部長クラスに言われ悔しい思いをしており、本格的にマネジメントの勉強をしたかったこと。

もう一つが、今後の建設分野では、PPP,PFI,CMといった感じで民間活用、マネジメント重視になると言われていましたので、建設技術と経営の専門家(技術士、中小企業診断士)であれば、世の中の面白い部分に関与できる機会が増えるはずという「仮説」です。

 ところが「無職でマネジメントの勉強をする」という私の決断に対し、「職歴に空白があれば誰も雇わない」、「取り返しのつかないことになるぞ」、「技術士を持っていても意味ない」、「勉強なんて意味ない、すぐに就職しろ」「若い奴は黙って仕事だけしろ」などなど、相談もしていないのに、一生懸命、否定的な助言をしてくる人達がいます。

 こういう行動を取る人の心理は、理解に苦しみますが「おまえだけ抜け駆けは許さんぞ」という心の声だと解釈しています。

こうした不安を煽る助言にも不安を覚えませんでした。

その理由を説明すると、建設コンサルタントは、ただの会社員ではなくて、個人事業者のようなものだからです。

業務品質と納期だけでなく、売上と業務利益を確保しなければなりません。

実際、建設コンサル時代は、業務を実施し納期に良い成果を納めるだけでなく、技術営業、業務計画、実行予算、コスト管理を含め業務管理を自分で全部やって、毎年数千万の業務利益を出していました。

だから、個人事業者的な感覚が既にあり、自分の市場価値を理解し「どこでも食っていける」という自信がありました。プロ意識ってやつです。

こうした個人事業者的感覚が身に付きやすいのは建設コンサルタント業界の利点だと思います。

職務機能で細分化された他の産業で体感するのは、なかなか難しいでしょう。

また、いくら建設不況でもインフラの市場がゼロになることはありません。更新、補修ニーズを考えると、不況も一時的なものであることも、分かっていました。

将来の選択肢が無限大な上に、「人生の保険」は持っているのだから、無職になって「中小企業診断士」の勉強をすることに、なんの不安を覚えませんでした。

次の挑戦とその後

 無職になって勉強を開始し、やりたいことをやりながら、呑気な二年を過ごしたのですが、二年で狙っていた中小企業診断士は合格できませんでした。

 さすがに、のんびりしすぎ、遊びすぎでした。

 で36歳、無職、貯金も残り少なくなってきて、就職することにしました。

そこで、建設マネジメント部門がある会社に絞って活動したら、あっさりと大手コンサルの建設マネジメント部門に就職が決まりました。

 職歴の空白については、正直に「中小企業診断士を目指して勉強していましたが合格できませんでした」と伝えると、興味深そうに面白がってくれます。「挑戦による空白期間」は失敗してもマイナス評価となることはなかったです。

 飲み会で、元同僚に二年以上も無職・空白の挙句に大手コンサルに入社したことを伝えると、「職歴に空白があれば人生終わり」的な不安を吹き込んでいた方々は、実に悔しそうでした。そして、今度は「大手は激務」的なことを吹き込んできました。

 ところが大手コンサルに入社した後は、国交省所管の研究機関に研修出向し、建設マネジメント研究専門部署の研究員として欧米と日本の建設マネジメントを比較研究する機会に恵まれて、公務員的な身分で、欧米各国を調査・研究に回る貴重な経験が積めました。

 これまでの技術士と診断士の勉強で身に着けたことをフルに生かせる場所で、楽しくとても充実した日々を過ごせました。

 二年も遊んでいて(勉強はしましたよ)、能力面はパワーアップしている自分に驚き、また、楽しいこと(良い機会)ばかり巡ってくるのか不思議でした。

 ※参考コラム:「リスクを負って挑戦してきて良かったと思えた体験談」(弊社別サイトへ移ります)

 30代後半、仕事は充実、公私共に順風満々で、年収も900万くらいはありました。

 そして、諦めずに勉強していた「中小企業診断士」に遂に合格してしまったのですね。同じ年に技術士(総合技術監理部門)も合格という嬉しい誤算もありました。

 もうめちゃくちゃ嬉しかったです。

 そこで、また例の悪い癖がもたげてきてしまいました。

「経営コンサルタントに挑戦したい」「独立したい」という気持ちです。

 当時、30代若手が未経験で独立し活躍している「中小企業診断士」のブログがたくさんあり、無職時代から読んでは羨ましく思っていました。

 かなり、迷いましたが独立しない場合、「60代くらいで後悔する自分」が目に浮かぶようだったので、独立を決断しました。

 ※あらゆる方面から、「なんでそんな給与のよい会社を辞めるんだ」「世の中そんなに甘くない」「絶対、失敗して後悔するぞ」等の猛反発です。相談してないのに。。

独立後はどうなったか

 当時、若手の中小企業診断士は独立ブームでもあり、若手のブログ等では、まず「中小企業診断士協会」に入り、そこで良い先輩と巡り合い、次々に仕事を振られて大忙し、という感じ成功パターンがほとんどでした。

 私も独立すれば、「中小企業診断士、技術士(二部門)」で大手コンサル経験もあり、他の若手みたいに「仕事をくれる親切な先輩に巡り会えるに違いない」と考えていました。

が、現実は全然違っていました。

 中小企業診断士は、60代の「俺は世界の元○○社の部長だ」って感じの人ばかりで、私なんて「いつも青二才」扱いされていました。

 そういう人が、日数万の単価の公的支援業務に群がって自分が食うのもやっとなのです。

 「仕事をくれる親切な先輩ってどこにいるんだよ」って感じで、全く見つかりません。

 

そして独立後の半年間は「収入ゼロ」でした。

 

 そこからは、あらゆる経営コンサル会社に自分でアプローチして、フリーランスで使ってもらったり、その他、公的支援や時にはボランティアレベルの単価の仕事でも受けたり、技術士試験講師等なんでもやっていました。

 ※建設コンサルの仕事もちょこちょこやっていました(これが一番稼げる)。

一時期、5種類の名刺を持っていたこともあります。

 

 3年目に「このままではだめだ」と痛感し、自分独自の価値を、顧客に直接アプローチする「独自路線」に転換し、下請け仕事を辞めて、ブログ等での情報発信を強化するなど投資的活動を増やしました。

結果、年収200万以下まで落ち込むという事態になりましたが、そこからネットワークが生まれて、要望や相談が集まってくるようになりました。

 後は、要望に応えればよいのだから「自由自在」って感じです。

 

それまで無職になってマネジメントの勉強をするなど、自分自身は主体性がある方だと考えていましたが、独立して3年目にようやく、自分が他力本願であることを自覚できました。42歳にしてようやくといった感じです。

 「なんでもっと早く気が付かなかったのか」と、考えたものです。 

 ※参考コラム:「中小企業診断士 独立体験記」(弊社別サイトへ移ります)

おわりに

 簡単にまとめると、私の建設コンサル入社後の変遷は、建設コンサルで道路屋(技術士取得)→マネジメントの勉強(無職)→大手コンサル、建設マネジメント研究→独立(中小企業診断士)→経営コンサル→人材紹介→М&A仲介なども挑戦中といった感じです。

 常識的には、意味不明な人生戦略に見えるかもしれませんが、それぞれの展開は密接に関連し、キャリアを積み上げているつもりです。

 実際は、目の前の仕事にプロとして全力を尽くし、かつ何にでも好奇心を持ち、自己投資をしていると目の前に次の面白そうなこと、やりたいことが、勝手に現れます。

 そこで、リスクを取って、面白そうなことに集中すると、また機会が巡ってくることを繰り返して、自然にこうなった感じです。

 だから、基本的にやりたいことをやっていたので、楽しいことばかりで、努力とか苦悩した感は、あまりないです。強いて言えば、体を壊した時が一番つらかったです。

 ※参考コラム:「建設コンサルタントは20代が一番きつい

 挑戦にはリスクが伴いますが、私が挑戦の連鎖が上手く回っていった最大の要因は、最初に「建設コンサルタントに入社し技術士を取得した」ことだと思います。

「人生の保険」を持ったことで安心して次の挑戦に集中できたことは間違いないです。

だから「建設コンサルタントを選択してよかったな~」と思っています。

 建設コンサルに進むきっかけになった「電車の中のお役人」、「適切なアドバイスしてくれた教授」には本当に感謝しています。

 

 現在、キャリア目標が明確でない人も多いと思います。

目標が明確でない場合は、とりあえず「将来の選択肢が多い方向に進む」ことが一番です。ちなみに、現状維持(何もしない)が最悪の選択です。

 選択肢を広げるという意味で、建設コンサルタントは優れています。

「技術士を取得し、業務もプロにレベル」になれば、「人生の保険」を持ち、「個人事業者的感覚」も身に付きます、後は「選択肢は無限大」です。その後は、やりたいこと何でもやれます。

転職も、独立も、40代で公務員にもなれますし、また全く別分野への挑戦も可能です。

 将来進路に悩んでいる人、現在、建設コンサルに失望している人達のご参考になれば幸いです。


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